何かを一緒にやるということ

誰かと何かをやろうとしたときに、それに共感できるかどうかは大きい一因となる。

共感に当たる部分としては、たとえばやりたいことに対して魅力を感じる、人に魅力を感じる、自分の技術が活かせるなど、一緒にやりたいという気持ちは状況次第ではあるけど、基本的にはポジティブなものだと思う。

しかし、実際進めてみると意外と地味なことも多く、単純作業にもなるものもあり、それを一人でやってると、「何故これをやってるんだろう」という精神状態に陥る。
でもそれを一人ではなく、一緒に同じ場でやっている人がいたらどうだろうか、もしくは別の作業でも一緒にいる時間があればどうだろうか。

そこに必要なのは「同じ目線」で「同じ立場」で一緒にやってくれる人。
もちろん、人によって経験や考え方も違う。そういう状況も仕組みで解決する方法もあるだろう。でも、結論だけいえばいいものではないし、すべてが仕組みで解決できるわけではない。その環境に、別の環境の話を持ち込んでもそれはあくまで知識での共有であり、全員の体験にはならず他人事になる。

ちゃんと一緒に考えているだろうか、ちゃんと話を聞いて共感できただろうか。

誰かと一緒にやるということは、理論よりももっと楽しいもののはずだ。
試行錯誤を繰り返し、新しい発見があればそれを共有し、それを同じ環境・時間で共有することができる。
そしてそれを他者へ発表することで、色々な縁につながる。

その時間を共有し、それを「楽しい」と思えること。

何よりもこのことを大事にしたい。

 

トラックバック

TRACKBACK&PING

TrackBack URL :

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。